“日本ファッションの未来性 FUTURE BEAUTY “東京現代美術館にいってまいりました。
会場は意外と小さく1時間ほどで回れてしまうけれど、みるものはたくさん。
1970年代以降の日本のファッションについて現代のところまで、どう変化してきたのかを展示していました。
ここからは、パンフレットを一部引用。日本ファッションの歴史がきれいにまとまっているので、引用します。
(撮影禁止だったので宮田理恵さんのGLAM BLOGより引用しました。)
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①陰翳礼讃
20世紀後半、日本のファッションはその独自性を開花させます。
1970年代、欧米で活躍を始めた高田賢三や三宅一生に続き、1981年、川久保玲と山本耀司 がパリにデビュー。
欧米の美意識とは異なる彼らの服は、「黒いぼろ」と呼ばれました。
彼らが多用した「黒」と、墨絵にも似たモノトーンの階調は、多彩な色が溢れる当時のファッションに対する痛烈なアンチテーゼでした。「黒」は、日本ファッションと結びついて時代の色となったのです。
②平面性
日本人デザイナーの作品には、三宅一生のプリーツプリーズを筆頭に、しばしば平面性という特質を、知的に発展させたものが登場します。平面的な服は、身体を際立たせる西洋的な服という意味でフォルムを持ちません。
身体を造形的な立体として捉えるのではなく、その多様な形や動きにあわせて自在に形を変えていく服。彼らは平面的な構造が持つデザインの可能性を引き出し、衣服の造形成に新たな次元を切り開いたのです。
③伝統と革新
既存の素材に依存せず、新素材の開発まで行う日本人デザイナーの制作態度は、欧米で高く評価されています。世代を問わず、服のデザインは素材から始まるというその姿勢は日本の伝統と言えます。彼らは天然の繊維と化学繊維を等しく扱い、日本の先進的な加工技術も加えながら、新しい質感や機能性を生み出し、デザインんに効果的に結びつけます。日本ファッションは、デザイナーの想像力と伝統が交差した地点で生み出されます。
④日常に潜む物語
前半は90年代以降の日本に特徴的なアニメなどのサブカルチャーと関連するスタイル。後半は、2000年代以降にデビューした、服作りに心身井向き合うデザイナーの作品。彼らに共通するのは、服の背後にある物語を綿密に作り込んでいる点で、細かな設定を忍び込ませる等その方法は様々です。デザイナーが提示する物語の続きは着用者に託され、新たな物語を作り出すことになるのです。
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全体的に、静かで躍動感よりもさらっと見せる美術館だった。
静かな空間のなかに驚きがあるというか。
冒頭にかいたけれど会場も大きくなかった。
日本ファッションの特徴が時代にそって流れていくのだけれど、
わたしのなかではやっぱり、日本ファッションの美は②「平面性」と③「生地」が面白い。
②「平面性」に関して。
確かに欧米人の体型は凹凸が多く、それを綺麗に見せる事が最優先。
日本の服はそれよりもストンとしてて、体のフォルムというよりは服のフォルムを見せることがおおい。
日常で着る洋服でも、それは言えると思う。ここ数年またボディコンシャスが流行っているけれど、海外に比べたら体の線を見せる事が少ないのでは。
例えば着物もなるべくくびれをみせないようにするし、ね。
上記にも平面性の代表として載っている、ISSEY MIYAKEプリーツプリーツの服は本当に面白い。来てみるとこうなっていたのか!というのだけれど、着心地は抜群。生地が本当に素敵で季節関係なく着れるところもいい。
③にある「生地」
フランスにいたときにも繰り返し賞賛されたのは日本の生地を作る技術と先進性だった。イブサンローランの生産を請け負う会社の元社長は、生地を探すときにまず日本/イタリア/そしてフランスを探したとの事だった。
おそらく70年代まで、フランス人はアジアをまとめて「生地は安い場所」「生産地」とみていたから、80年代にその中の日本から川久保玲のようなクリエーションが飛び出してきたことが驚きだったようだ。
今、同じ事が中国で起っている。
生産地だと思っていた場所から、新たなクリエーションが出てきて驚く。負ける。
日本は80年代に世界を驚かせた後に新たな驚きがでてきていない、とはNYのFIT美術館長の弁だけれど、
もうそんなこといわれたくない。もう一度驚かせたい。
そんな事を思った展示でした。