みなさんは、むかーしの友達と、よく会いますか?
わたしは最近、久しぶりに中学高校の友人グループ7人で集まりました。ホームパーティYay!
「価値観が変わってしまった昔の友達に会うべきか」は、実は意外と女性によく話題にあがることのひとつ。
田舎から出てきた都会の人は、特にそう思うみたい。
わたしも、「今これからなりたい自分に必要ない昔のお友達にも、なんでわざわざ会うのですか?」と聞かれたことさえ、あります。ちょっとびっくりしたけれど。それくらい価値観って変わっていくもの。
私がどう考えるか、ということを話す前に、ちょっと私と友人達のバックグラウンドをお話するね。
わたし達は中高一貫の「伝統的」女子校に通っていた。今では受験校だけれど、7人中3人が付属の女子大へ、2人も外部の女子大へ、そして2人だけ共学の私大へ通った。
皆が通った女子大では、サークル活動並みに金曜は合コンにいくのがあたりまえ、廊下で髪を巻くことも化粧を直すこともあたりまえらしい。早稲田にいたわたしは、自分のものと全然違う大学生活に耳を疑った覚えがある。
留学したわたしより一年先にみな社会人になった。金融の一般職が二人、保育士が二人、アパレルが一人、総合職はひとり、そこに私が翌年加わった。みんないわゆる「女らしい活躍」の場だった。わたしだけが、重機メーカーで海外しかも僻地を回るという、いわゆる「男の仕事」をしていた。
社会人になったばかりのころは誕生日会と称して年7回集まっていった。その後も、だれかの結婚式があるたび、スピーチを考えたり、ダンスを練習したり。しょっちゅう集まった。
でも同時に20代も後半となれば、価値観のずれも感じていた。ラインでは会話するけれど結婚式以外でだんだん会わなくなっていた。
30歳の1年間で4人が電撃入籍。うちひとりの言葉をそのまま借りれば「一人で生きていく仕事もない。そんなに可愛くもない。だから今結婚しなくてどうする」だそう。やりたいことをお互いやって、楽しいことを2倍に悲しいことを半分にする結婚をしたいと思っていたわたしは、だいぶ考え方が違うなあと思っていた。
でも今回、半年以上ぶりにみなに会ってみて思ったのは、既に生き方や思考が全然違いすぎると、逆に面白くなってきたということだ。
いまの私の生活圏内では絶対聞こえない声が聞こえる。
例えばその友達の何人かから、「失業手当はもらいきらないと」という言葉をきいた。手当ってひと月15万くらいだよ?でも、働くことがすごく大変だという認識だから、電気代が止まったとしてもなるべく働きたくない。
例えば習い事をするにも、全て夫の承認が必要。だけど、「一旦保留にするのにこれ以上の理由はない」と嬉しそうだった。
例えば一人でバーで飲んでる女の人をみたら「かわいそう」と思うそうだ。結婚できなかったんではないかと。
正直、わたしとは、感覚が違う・・・と思ってしまった。
(ちなみに翌日、上記のはなしをITの女友達4人に話したら、絶句していたw)
私がなりたいと思う価値観ではない。だから、大好きだけど、もう中学生のときみたいに毎日は一緒にいられないかも。
でも、別のコミュニティにも、たまーに顔を出すと、逆に自分が何がほしいかが明確になる。そして、他の視点を学ぶのは、ちょっと疲れるけれどもやっぱり大事だと思うんです。
何よりいいのは、昔の友達だから、価値感がちがってもそれを素直に言い合える。そこが大事。そうすると楽だしストレスがたまらない。ただ価値観違うだけで責め合うだと辛いもんね。
例えば上記なら、「習いものするのに承認とらなきゃっていうのって、嬉しいの?」と素直に聞いたりします。
みんなにも、「主婦からするとこうなんだよ」とか、私から見えない視点を教えてもらえるし。
改めて最初の話題「旧友と価値観違っても会うか問題」に戻ると、
わたしは自分も相手も疲れない限り、いいと思う。むしろいつもの価値観から出られるチャンスだと思うし。でも、素直に質問して意見を言い合えばよい!
いつまでも中学生や高校のときみたいな感覚に引き戻してくれる友達と、わたしは一生つきあっていきたいな。