長野の祖母が亡くなった。
なのに今回お葬式に行けなかった。
最期は施設に入っていて、もう長くないと聞いた日に
週末に会いに行こうか、と話していたら、まさかのその日に亡くなってしまった。
亡くなったと言われても、聞いた日はまだ実感がなかった。
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昨日、お葬式前日。
両親から、産後すぐなので火葬や本葬にも来なくていいとLINEが入る。
でも、完全母乳育児だった生後1ヶ月の次女も、最近ミルク特訓でうまく飲めるようになってきたので行くつもりだった。
喪服のジャケットを買い直し、黒ストッキングも靴もバッグも、用意してクローゼットの外に準備。
長野といってもアクセスが悪いので、丸一日朝早くから夜遅くまで不在になるから、夫が次女の世話をしやすいように用意していた。
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だけれど、そのあと長女が熱を出した。
長女は私がどこか遠くに行く前日に、体調が崩れることがこれまでもあった。
多分会話を聞いていて、カラダに自然に反応が出るんだろう。
でも今回行かなかったのは長女のせいじゃない。
夫は行ってもいい、仕事や育児はどうにかなると言ってくれたが、最終的には私の判断で、娘たちのそばにいることを選んで行かなかった。
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なのに今日、私はお葬式が終わったであろう時間に、泣いている。
ちょうど娘たちお昼寝の間に、涙が止まらないままのぐちゃぐちゃの顔でこれを書いている。
本当は行けばよかったんじゃないか。
初孫として可愛がってもらったのに、なんて無礼なんだろう。
せっかく日本にいるのに、なんで私行かなかったんだ。
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行けなかったことを悔やんでいたら、やっと実感が湧いてきて、さまざまな思い出が蘇る。
おばあちゃん家に着くと、正座で向かい合って中部地方のアクセントで「こんにちは」と言い合う、という儀式。
1−2歳の頃、おばあちゃんちでお餅を作っている写真。
田舎っぽくて古い考えだと反抗した若き日の私と、それに台所で目を丸くして対抗するおばあちゃん。
「私は今青春じゃなくて老春中なのよ」という電話口の茶目っけのある言葉。
お笑いや野球が好きだったこと。
「家族が一番大事よ」「人が来た時のために」という口癖。
おばあちゃんちの居間にいると、リンゴやお茶菓子がどんどん出てきて、父に「いいから座ってくれ、落ち着かないよ」と言われていたおばあちゃん。ちなみに、そのまますぐ夕飯なので全くお腹が空いていなかったこと。
蜜のたっぷり入った美味しいりんごや野菜を毎年送ってくれたこと。
近所の人たちに配る野菜を一緒に袋詰めしたこと。
そして数年前、施設入所後、
おばあちゃん不在の家で掃除をした時、台所から大量のお盆が出てきたことも思い出した。
田舎らしく、鍵もかけず地域の人がたくさん来るので、女性たちは大忙し。おばあちゃんは張り切っておもてなしをしてたんだろう。孫や親族が来た時とおんなじように。
お盆の枚数は楽しい記憶の象徴だったのだ。
人は楽しい時の記憶を捨てたくない。むしろ増やしたい。お盆が何枚も何枚もあったのは、きっとそんな理由だ。
施設を訪れるたびにおばあちゃんは「あみちゃん、私家に帰りたいのよ」といってたけど、
きっとあの台所に立ちたかったんだな。
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そんなことを涙を流しながら考えて「親族 お葬式 行けなかった 後悔」で検索すると、
仕方ない理由ならもうクヨクヨしても仕方ない、あとは供養すること、みたいなことが書いてあった。
供養ってなんだろう。
今私ができることは、四十九日の時に行けるかを考えることと、
もう一人の鎌倉のおばあちゃんにすぐに会いに行くこと。
死ぬ時に後悔しないような生き方を今日からすること。
かな。
そしてこの悲しい気持ちからクヨクヨと腐ってしまうのではなく
解き放つことなんじゃないかなと思って今、これを書いている。
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歳をとるにつれ、私たちはこの「さよなら」を受け入れなければいけないのだと思うと正直辛い。
でも、歳をとったからこそ、自分が子供を産むという奇跡にも恵まれたのだ。
平坦な言葉だけれど、時の流れを感じる。
そんななか、今感じたことを素直に受け入れてこうやって書くことくらいしか、私には今の所できそうにないので、これを今書いている。
おばあちゃん、安らかに眠ってください。
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わたしが晩年思う、人生最高の風景はなんだろう?皆さんにとっての「お盆」はなんですか?
My grandmother in Nagano passed away. But I couldn’t go to the funeral this time. At the end, she was in a facility, and I heard she didn’t have much time left. We were talking about visiting her on the weekend, but on that day, she passed away unexpectedly. Even though I was told she had passed away, I still didn’t feel the reality of it on the day I heard it.
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But my eldest daughter came down with a fever. In the past, my eldest daughter has often gotten sick the day before I go somewhere far away. I think she hears our conversations and her body naturally reacts. But this time, I didn’t go because of my eldest daughter. My husband said it was okay for me to go and that he would take care of work and childcare, but in the end, it was my decision to stay by my daughters’ side and I didn’t go.
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Today, even though it’s likely the time when the funeral would have ended, I find myself crying. I’m writing this with a tear-stained face while my daughters are napping. I can’t seem to stop the tears.
I wonder if I should have gone after all. They cherished me as their first grandchild, yet I feel so impolite for not being there.
Despite being in Japan, why didn’t I go?
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I remember the time when I was cleaning my grandma’s house a few years ago and a lot of trays came out of the kitchen.
As is common in the countryside, people come and go without locking the door, and her 6 of grandchildren came often. my grandma was probably busy entertaining them.
The number of trays was a symbol of happy memories for her. People don’t want to throw away memories of happy times.
What’s the “tray” in your life?