わたしはなぜか、高校生のときから働くことに興味を持っていた。
通っていた中高一貫の女子校は「伝統的お嬢様校」を謳っており、アルバイトなんて見つかったら退学。
どうにか自分で働いてお金を手に入れて自由に使いたかった。
だから大学入試が終わって、卒業を待たずに1-2週間前から、定食屋でアルバイトをしはじめた。
社員は店長と副店長、それにアルバイト10名くらいがいるお店だった。
もう10年以上も前なので、記憶も定かではないけれど、強烈に覚えていることが、いくつかある。
はじめてのバイトでドキドキしていったら、小学生の時の同級生が偶然いたこと。大学には進学せず、フリーターとして宝塚を目指すと言っていた。わたしは大学を決めたばかりなのに、彼女は夢が固まっていて、なんかびっくりした。
あるとき、奥の小部屋にお料理を出しにいったら、男性グループのいちばんごついひとに「お願いします!」と番号の書かれたレシートを渡されたこと。
所謂ナンパだった。人生初めてのことで、心底驚いた。
直後に先輩に話したら、「こんなのはね、捨ててしまえばいいのよ」といってレシートをぐしゃっと握って捨ててしまった。
「あ!待って」とでもいえばよかったけれど、時すでに遅し。先輩に逆らうこともできず、レシートはそのままゴミになった。たぶん心の中で「ちょっと、残念・・・」と思ったからなのか、強烈に覚えてる。
「お客様は神様だ」と書かれたすこしよれた紙が、小さい休憩室に貼られていたこと。今でも、外国人に「なぜ日本人は接客がすごく丁寧なの」ときかれると、あの休憩室の紙を思い出す。
今振り返れば、その「定食屋の接客」という仕事のなかでも業務ごとに得意不得意があった。
わたしは、お客さんとの接客自体はとても好きで得意だったけれど、オペレーションを素早くさばく「慣れ」までに、時間を要した。
女性の副店長はきっとそのドンくさい私が気に入らなかったのだと思う。
さっきのレシートを捨てた先輩を含め、ほかの先輩は皆可愛がってくれたけど、その副店長にはいつも厳しく、嫌味たっぷりに注意されてばっかりだった。
わたしが好きな業務は、レジだった。
なんていうか、お客さんとわたしだけの瞬間になれるから。お客さんと言葉をかわしても怒られないから。
他の瞬間はわたしはオペレーションとして向き合う時間はないけれど、レジに立てば同じ目線で、お客さんと話せる。
怖い副店長が見ているわけでもないし、ずっと絶え間なく動いている中レジに立った時は足を止められるし、お客さんにどれだけ笑顔を振りまっていてもよい2m x 2mの空間だった。
そしてその定食屋のレジで、カップルがよく行うある共同作業をみるのが、わたしは大好きだった。
それは、
「あ、1円ある?」「あるある」
「わたし、10円だすよ」
というものである。
そして、ピッタリになった時に、必ず笑顔になる。
小銭を率先して出し合ってお金を揃えるという、小さな共同作業。
それは高校生まで5000円の御小遣いで過ごしていたわたしにとって、すごく大人の余裕のある動作に見えた。
細かいお金は気にせず、あるほうがだせばいい。
なんてかっこいいんだ。なんてほほえましいんだ。
助け合って、支えあって生きている色んな二人組(カップルだけじゃなくて、友達同士でも、母娘でも)を見て、私も早くああいう風になりたい、と思ったのを覚えてる。
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こんな小さい憧れ、実はずっと忘れてた。
つい2日間くらい前に寝る前に急にとおもいだした。
あのお店は大学一年の途中でやめた。
あれから十年以上の時がたち、わたしは何百回、もしかしたら何千回と外食をした。
お酒を覚え、おいしい高級な食事を覚え、海外でもたくさん素敵なお店につれていってもらったし、自分でも開拓していった(むしろLunchTripとか主催してる)。
あの時の「小銭をそろえる」行為も、何度行ったことだろう。
そのうち、小銭を出すのが面倒だからとクレジットカードを使うことが増えた。
いつの間にか、あの行為に対する憧れはとうに忘れていた。
あのときのピュアな18歳に戻れることはないだろうけど、でも、次に小銭をだすときは、ちょっと思い出せるといいな。
(写真は、最近連れてってもらった美味しいお店「Zero Tokyo」。イタリアからSUSHIを逆輸入して銀座にオープン。美しくてイタリア食材とのマリア―ジュが絶品でもうぜひ試してくださいませ♡)